2014.1.22
Vol.3 - 特集docomo東北復興新生支援室インタビュー 東北復興を支える人たち
2014.1.22

Vol.3 - 特集docomo東北復興新生支援室インタビュー 東北復興を支える人たち

gooスマホ部編集部
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東日本大震災から3年。被災地で復興支援を続ける「ドコモ 東北復興新生支援室」の活動を通して、現地の“現在”とこれからの展望をお伝えしていきます。



復興支援の最前線で活躍する「ドコモ 東北復興新生支援室」の方々にインタビュー。
現場のリアルな声とその想いをお届けします。













宮城県担当
馬場 勝己さん
北海道(宮城県)出身

実家が転勤族だったという馬場さん。小中高と暮らした仙台に貢献したいという想いで、東北復興新生支援室に応募したのだとか。岩手や福島に比べ、復興が進んでいると感じる宮城での活動だからこそ見えてくる、これからの復興支援のあるべき姿をうかがいました。





――― 馬場さんのご実家は仙台だそうですね。震災のときはさぞご心配だったのではないですか?

両親と全く連絡が取れなくて、2日後に車で駆けつけたのですが、田んぼに船が点在しているような異様な光景で、言葉を失いました。実家は津波の被害はありませんでしたが、実は数メートルそばまで波が来ていたんです。電気や水道・ガスが止まっていてテレビも見られず、電話もつながらなかったので、両親は津波の状況をまったく知らなかったそうです。

――― かけつけられた時、ご両親は何かおっしゃっていましたか?

実家に着いた早々、父から「携帯がつながらないから、お前は早く戻って携帯をつながるようにしてもらえ。何をやっているんだ、ここにいる場合じゃない」と言われました。

――― それは、すごいですね。震災当時はインフラの部署だったのですか?

いえ、当時は法務や知財の担当でした。父はドコモに勤めているのは知っていましたが、どこの部署かは知らず、私の仕事はインフラ整備だと思っていたようです。ドコモの一員ならば、携帯をつなげる責任があるということなのでしょう。(実家に)帰ってくる暇があったら、もっと大変なところで、情報を伝えるなど何か仕事をしろと言われました。





――― 支援室の活動にはすぐに慣れましたか?



スタート当初は大変でした。以前の部署では契約書や訴訟案件などを扱っていましたから、タブレットにさほど詳しくなかったんです。(被災された方々からの)要望に対してどのサービスや機能が使えるか、うまく提案できるか正直不安でした。だから、タブレットについて調べたり、詳しい同僚に聞いたり。あとは、いろんなベンダーさん(システム開発会社や販売会社)と意見交換をして、「これは一緒にできそうですね」と少しずつ組み合わせていく感じですね。

――― 今は、どんな支援活動をされているのですか?

現在は、被災地でのコミュニティ支援、特に高齢者を支援するモデルづくりに焦点を絞っています。例えば年配の方に情報を伝えたいとき、広報誌は月に1回しか発行しないし、インターネットにアップしてもなかなか見るのは難しいものですよね。だから高齢者がよく利用する地元のタクシーにフォトパネルを車載して、自治体からのお知らせや休日当番医の情報、イベント告知などを、限りなくリアルタイムに近い形で地元の情報を流す仕組みをつくりました。

――― タクシー会社さんの協力も必要ですね。

タクシー会社にとっては、これは自立したビジネスモデルでもありますね。この施策は、地域の情報だけでは通信料がまかなえないので、タクシー会社に地元企業の広告を集めてもらい、その広告費を通信料など必要な経費にあてているんです。タクシー会社には広告代理業という新しい仕事を協業してつくって、タクシー会社にも収益が入るようにしています。

――― 地元の方の実際の反応はどうでしたか?

最初の導入時は、なかなか…。フォトパネルは何も操作しなければ広告と行政情報が交互に流れるようにしたのですが、地元の方にとっては被災地情報なので「あまり繰り返し見たくない」というご意見もありました。そこで観光客向けに用意していた、伝統行事をはじめとする地元の文化を伝えるコンテンツも流したら、とても好評でした。「あ、こんなのあったね!」と、とても喜んでくださったそうです。

――― やはり昔ながらの地元の情報が一番うれしいのですね。

実はコンテンツに掲載する写真は、地元の写真愛好家の方々に集めてもらっています。自分の写真が使われるとあって、「それなら自分も!」という感じでたくさん提供してくださいます。皆さん楽しんでくださっていて、生きがいにもなっているようですよ。

――― 地元の方もそうですが、馬場さんご自身も地元や企業の役に立っているというのは、うれしいものですよね。

はい。僕もこれまではエンドユーザーさんとは直接お会いするような仕事ではなかったので、素直な感想を直接聞けるのがうれしいですね。フォトパネルを実際にご覧になって「面白いよ」とか「よかったよ」という感想を直接いただいたり、クレームもダイレクトにいただだいたり。臨場感や充実感というのでしょうか…。それは、今までの仕事では味わったことがない感情かもしれません。





――― 宮城では復興がだいぶ進んだと聞きますが、実際いかがですか。



仮設住宅で暮らしている方々はいらっしゃいますが、他県に比べれば、仙台を中心にして宮城は復興が進んでいる方かもしれません。被災した方たちもだいぶ意識が変わってきたのを感じます。ただ最近では、復興支援活動を引き上げる企業や団体も多いんです。「ドコモさんは、変わらず頑張っているね」とよく言われるようになりました。

――― そんな状況の中、復興支援を続けている理由は何なのでしょう?

目的が、“復興の先にある、新しいモデルをつくる”ことだからでしょうね。支援室の活動では、最初に被災地の方にドコモがやりたいことを包み隠さず話そうと心がけています。将来的には、支援なしでも自分たちで通信を活用し、ビジネスや雇用を創出してほしい。復興に生かしていける仕組みを、皆さんと一緒に検討してつくっていきましょうと。

――― “新しいモデルづくり”が、本当の復興支援になるということですか?

そう思います。現地で志が高く、熱い心を持った起業家や団体にもたくさん出会いました。社会貢献とビジネスを両立させている方などもいて、本当に刺激を受けています。一緒に何かやれそうなパートナーが見つかってアイデアを出し合い、新モデルが始動しはじめたときは、もう時間をいくら使ってもいいなという気持ちになりますね。





――― これからの支援活動は、どうなっていくと思いますか?



被災地というのは、とても特殊な環境です。東北は震災でぐんと高齢化が進んでしまい、ある意味、日本が今後直面する問題の先進的な地域と言えるかもしれません。復興支援で得たノウハウは、全国の高齢化地域や離島、山間部などに“横展開”して活かすことができるのではと考えています。

――― 具体的には、どんな展開ができそうですか?

例えば、在宅診療の情報をモバイルで共有して、訪問医療や介護の際に活用することができると思います。また防災面でも、この震災で通信がいかに大切なものか、情報を伝えることの重要性を痛感しました。インフラの会社ですから、今後発生が心配される南海トラフ地震などに備える仕組みも提案していきたいです。

――― 被災地の支援室活動から培った知識と経験が、全国へも広がりますね。

復興支援の活動で、わかったことがたくさんあります。支援という枠を超えたその先で、日本中にITを活用した新モデルの種をまいていけたら、それが理想だと思います。





――― 復興支援をしている中で、足りないと思うことはありますか?

やはり人が足りないですね。宮城は土地のかさ上げとか、復興公営住宅ができつつあって、落ち着きを取り戻し始めています。震災前の姿に自分たちの力で戻そうという発想にようやく戻ってきているところなので、このタイミングを逃すと新しい東北ではなく、元の東北に戻るだけで止まってしまうのではないかと、ちょっと危惧しています。新しい東北を生み出すには、新しいビジネスを創出したり、地元企業の雇用を増やしたりすることが必要だと思います。

――― 雇用がない、ということでしょうか?



いいえ、地元企業が募集をかけても応募があまりない、という状態なんですよ。生活のため仕事を変えたり、地元を離れてしまう方も多いですからね。それはとても残念なことだと思うんです。僕は実家が転勤族だったので、ふるさとがどこかと聞かれると「ここです」と言えないところがありました。今回の支援室での活動で、地元の役に立つ仕事ができる充実感は大きかったです。

――― 改めて宮城を身近に思えた、という感じでしょうか?

はい。もしこれから就職する学生の方や、やりたいことを探している方がいれば、地元の企業や行政で働くなど、何でもいいので、ふるさとに貢献することも考えてもらえたらうれしいです。私がそうだったように、“働いてお金を稼ぐ”とはまた違った、何物にも代えがたい喜びを感じることがきっとできると思います。


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